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(構成も何もない、ぐちゃぐちゃな文章になっていることを追記する)

 

虐めを受けた時、俺は相手に対して最後まで立ち向かえなかった。

あれから俺は被害者意識を持ち続けて日々を過ごしていたが

心の中を見つめてよく思い返してみると

何となく俺の被害者意識の本音のところに気づけたような気がしたのだが。

 

 

一応まとめてみると

虐められてすり減っているとはいえ

やはりいまだに残っている小さなプライドや幼い見栄のせいで

自らの苦しさを力一杯他人に叫べず、そして上手く他人に助けを求められずにいた。

相手に対して抗えなかった。

 

そんな自分をずっと惨めに思っていたし、嫌いだった。

 

虐めを受けている自分をとてもじゃないが好きにはなれなかったし、殴りかかれない自分や殴りかかっても数に物を言わせてリンチにされるであろう自分の雑魚さが何となく許せなかった。

 

だから、そんな自分を少しでも好きになりたいから、できるだけ相手を恨んでいた、のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここからは気づいたことをメモのように書いていく。

 

理不尽で恐ろしい虐めのような状況に追い込まれた時にカチコチに固まってやられっぱなしになる自分の弱い心が嫌だったし惨めに思えたし悔しかった。

言い返してもすぐに負ける自分が嫌だったし惨めに思えたし悔しかった。

身体中を殴りまくって力で相手をねじ伏せてふざけたことを2度と言わせなくしてやる、なんてことが出来ない、体格的に劣り肉体的に非力で弱虫な自分が嫌だったし惨めに思えたし悔しかった。

そして、「虐めを受けている子だなんて思われたくない」というような感じの見栄やプライドのせいで

友達にも親にも担任の教師にも、今感じているつらさやくるしさを心の底から思いっきり伝えるような

相手にとってわかりやすいコミュニケーションができなかったのが辛かった。(具体的には”下を向いて恥ずかしそうにぽつぽつと”同級生からされていることを言った。自分からは質問以外のことでは話さず、それゆえ最低限の情報しか出さなかった。俺のSOSは”思いっきり感情の乗ったふう”には到底聞こえたなかっただろう。ドラマやアニメで虐めを受けている子に人々が保護欲を掻き立てられるのは、その子が涙を流してちゃんと自分の悲しさ(感情)を相手に伝えることに(演出やスタッフ・役者さんの努力等も功を奏して)成功しているというのも1つ大きいのだろう。俺の場合はプライドや見栄との葛藤に現在進行形で忙しかったので、ただ下を向いて恥ずかしそうにしてるだけだった。それがまずかった。涙を流しまくって泣きじゃくって相手の服でも掴んで「助けてよ!」と必死に懇願していれば、きっと結果は違ってたはずだ。やり方がまずかったおかげで、結局親も教師も解決にはあまり動かなかったので対応が中途半端になり、ろくなことにはならなかった。)

 

きっと、この性質は今も変わらない。似たような状況に追い込まれれば、俺はまた昔の自分と同じ反応を繰り返すんだろう。

でも、こうやって意識的に特徴を挙げていけば、いつかは変われるのかな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、虐めを行ってきた者だけでなくそうでない者までもなぜだか恐ろしく感じた。つまり四面楚歌のような心境に陥った。現実は違うのに。

隣の席の子は(同じ小学校に通っていた子。小学生の頃からお喋りの時にはいつもニコニコしていたイメージがある)たびたび俺に話しかけてくれていたが、そのたびにその子の笑顔に

(これもまた事実とは異なり、虐めを行ってきた者の笑顔のせいで行き過ぎた被害妄想が働き)

嘲笑の色を無意識に感じ取り、泣きたくなった。

容姿に関する虐めを受けていたがゆえに、その時の体験も合わさり、若い女の人と会話する時には、冗談抜きで恐怖を感じている。(特にその子の当時の年齢だった中学生ぐらいの子は特に酷い)

あれから、性別関係なく、あまり顔を見ずに会話するようになった。眼が怖いんだ。高校の時、同じ部活の友達にそのことを指摘された(「目、合わせへんやん」)。他の高校の友達も、いま付き合いのある大学の友達も、その違和感には気づいているのだろうか。その友達は、俺が中学時代虐めを受けていたことを知っていたのだろうか。小学生の頃仲良くしていた人や高校生になって知り合い仲良くなった人達に、変わり果てていた自分を知って欲しくない。

あとは、電車にいても、人ごみのなかにいても、道で通行人とすれ違う時も、

視野に入る人全員が自分をじーっと見ているような感覚に襲われる。そして自分のルックスを心の中でけなしているような気がして、つらい。勝手にプライドが傷つく。

他人と話すときに恐怖を感じるが、その相手の年齢や容姿によってその大きさが違う。俺に虐めを行っていた者で中心的な人物は顔が整っている(容姿についての虐めなので当然だが)。そして前述の女の子も整った容姿をしていた。よって恐怖してしまう人を記号で示すと次のようになる。

若い女の人(中学生から20代の)>若い男の人(中学生から20代の)>30代から60代の人>70代以上の人

やはり異性の前だと余計に自分のルックスを気にしているのだと思う。

 

 

本音を言えば意識が覚醒しただけで毎日辛いが、死に近づく時のあの怖さのせいでどうしても自分で死ぬことが出来ない。

そしてこういう心の問題はその性質から治療法が不完全にならざるを得ない。完治なんていう希望は、出来るなら捨てたほうがいいと思っている。

だからこれからも生きていくなら、上手く付き合う方法を考えて見つけていきたい。そういう本を読んだり、自分と対話したり、ネットの記事を読むでもいい。

僕の望む未来は「健やかな心を持って生きる」だ。その未来に合わせて、現在の行動を設計しよう。